こうぞうの活動報告

令和4年3月議会に寄せて

3月議会は市長選直後の定例会であり、骨格予算編成のため、市長の所信表明はその後となります。なので、今議会では市長のキャッチフレーズである「津山八策」に基づいた財政構造改革と行革について質問いたしました。

質問と答弁の詳細は市のホームページの議事録で、またはYouTubeの津山市議会でご覧ください。

さてその市長選ですが、前回(2018年)を8.5ポイント下回る、47.56%という2005年の合併以降最低の投票率となってしまいました。いくら新型コロナ禍の下とは言え、ちょっとひどすぎます。合併直前にあたる2003年の市長選では、なんと!71.89%の高い投票率を記録していたのです。

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令和3年12月議会に寄せて

いよいよ今年最後の議会です。いつも以上に気を引き締めて挑みました。

今議会では、産業団地について、そして道路行政とまちづくりについて発言いたしました。その根底にあるのは、次世代に胸を張って渡せるまちづくりです。

産業を通して、あるいは都市インフラを通して、次世代に胸を張って渡せるまちづくりこそが、一期目からの私の信念、私の真ん中に竜骨のように存在する信念です。

私たちが生きている今この瞬間は、先人たちが営々と紡いできた「歴史」という時の流れの一番前の端っこです。つまり、私たちの一挙手一投足が、良くも悪くも、これからの歴史として刻まれるという事です。そう考えると、襟を正さずにはいられません。

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令和3年9月議会に寄せて

文化の継承・・・議会質問の一つとして、津山まつりに欠かせない出し物、県指定有形民俗文化財である「だんじり」について発言いたしました。

まず津山まつりですが、森忠政が入封後、津山城築城の手斧始(ちょうなはじめ:建築に際し、最初に行う儀礼)に津山藩総鎮守として徳守神社を現在の場所(元は小田中にあったが、火災により本殿・宝物殿等焼失)に再建したそうです。社伝によればこれが慶長9年(1604年)のこと。再建後、ほどなく祭礼が始まったとか。これが津山まつりのルーツです。400年を超える歴史ですね。

城主が森氏から御家門筆頭の家筋である松平宣富に代わったことで、祭りは隆盛を極め、まず宮脇町、その後町人衆の各町内が「だんじり」を持ち、そのスタイルも担棒から台車への変換を経て、現在に至ります。

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令和3年6月議会に寄せて

‟LINEによる個人情報取り扱いの不備“ の件で、政府までをも巻き込んでの騒動は記憶に新しい所です。LINE株式会社という日本法人の欺瞞・不誠実さ、例えば広く皆さんが利用しているLINEでやり取りした画像や動画が、韓国のサーバーに保存されていたにもかかわらず、「保存データは日本国内に閉じている」と虚偽の説明がなされていたこと。さらには、画像や動画とは別に国内で保存されていた個人情報のデータが、中国の関連会社から閲覧可能になっていて、実際に閲覧された形跡が判明しています。

ひとつ注意していただきたいのは、サーバーがどこの国にあろうと日本からのアクセスしか許可されていなければ問題ないだろう、という考え。違います。実際には、サーバーはそれが存在する国の法律の下にあるということです。アクセス権があろうがなかろうが、その国がサーバーの開示を命ずれば従わざるを得ない、というかその国によって勝手に開示されてしまうのです。信頼できる国ならよいのですが。

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令和3年3月議会に寄せて

今議会は、会派による代表者質問、または議員による個人質問が選択できます。私の所属する「津山自由民主倶楽部」は、代表者質問を選択し、津本議員が質問に立ちました。

私の担当は1,行革、2,産業支援、3,中活エリア整備、4,コロナ禍における各種イベント、5,成人式などについて、で質問を組み立て、代表者が初日の2番目に登壇しました。

さて、行政に限らず、何をするにおいても「新型コロナ禍の下で‥」と、まるで枕詞のように言われる昨今ですが、大切なことは「正しく恐れる」ことです。現在最も正しいと思われる情報は政府や各自治体から出される「公の情報」です。決して不安を煽って視聴率稼ぎをもくろむワイドショーや、発行部数を伸ばそうとする週刊誌などではありません。

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