こうぞうの活動報告

令和4年3月議会に寄せて

3月議会は市長選直後の定例会であり、骨格予算編成のため、市長の所信表明はその後となります。なので、今議会では市長のキャッチフレーズである「津山八策」に基づいた財政構造改革と行革について質問いたしました。

質問と答弁の詳細は市のホームページの議事録で、またはYouTubeの津山市議会でご覧ください。

さてその市長選ですが、前回(2018年)を8.5ポイント下回る、47.56%という2005年の合併以降最低の投票率となってしまいました。いくら新型コロナ禍の下とは言え、ちょっとひどすぎます。合併直前にあたる2003年の市長選では、なんと!71.89%の高い投票率を記録していたのです。

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問題はその次の市長選です。任期1年余を残しての市長リコールに伴う市長選です。この選挙で一気に14ポイント以上も投票率を下げてしまいました。4人も立候補していたのに。この時以降、じりじりと投票率は下がり続け、今回ついに50%を割ってしまいました。いったい何があったのでしょうか。

ちなみに、市議選も足並みをそろえるように投票率が下がっています。前回(2019年)の投票率は53.71%と、50%目前です。

私見ですが、この投票率が津山市の閉塞感を現わしているように感じられてなりません。あの市長リコールからずっとそうです。

中心市街地の景観を変え、市民を二分した再開発事業。その運営が軌道に乗らないままの税金投入、それに乗じた全く建設的でなかった一部市会議員による市長リコール運動。リコール成立後、あっという間に空中分解したリコール派議員。

この一連の出来事により、市民が津山市議会にそっぽを向き始めたように感じます。

市長の責任を問うならば、1年後には任期満了による市長選が控えていたのに、です。それにもかかわらず、『より良い津山』ではなく、市長の首を狩ることだけを手柄のように考えた人たちが市民を煽り立て、結果、リコールが成立しても「時が来ればふさわしい人物を‥」と約束していた人物など現れず、あちこちの陣営に霧散したリコール派。市民の胸の内に残ったのは、その時の熱気に押されたとはいえ、一人の政治生命を絶ってしまったという思いだけです。

嵐のような市長リコールと、その直後の市長選にもかかわらず大きく下落した投票率、これが津山市の議会政治に対して市民が突き付けた答えだったのでしょう。

そして新市長が誕生したからといって、市民が期待した胸のすくような改革などあろうはずもなく、結局何も変わらなかったと。

候補者と何の関係もなく、漠然と「津山を良くしてくれるなら」と投票に行っていた、いわゆる浮動票と呼ばれる層が、このときから選挙に無関心な層に変化してしまったのではないかと思えます。そしてこの人たちが「選挙があっても、だれに投票しても、何も変わらんし、関係ないよ」と、次の世代を教育するので、ますます投票率が下がる悪循環に陥って、今日に至っているのではないかと考えています。

一度失った信頼はなかなか取り戻せません。しかし、『より良い津山』は市民共通の願いであるはずです。であれば、行政と議会が両輪となって、常に『より良い津山』を考え、行動することが信頼を取り戻す唯一の方法ではないでしょうか。そして市長にはもっと厳しく、大所高所からの視点と、きちんと政治を行う能力を持つ人物であり、さらには結果を出してもらわねばなりません。それを愚直に続けるしかないのです。

自分の1票が無駄ではなかった、そう感じられる時が、この津山市が『自慢の津山』になった時です。それは絶対に『より良い津山』のはずです。

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